マナーとルールの違いを教えてください!

マナーは守らなくてもよいもの……?

こんにちは、
『愛されマナー学』講師の平川直央子です。

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【マナー講師 平川直央子】

「マナー」と「ルール」って何が違うのですか……?というご質問をよくいただきます。

ルールというのは基本的に規則の事。

規則は守らなければならないもので、
たとえば交通ルールで説明すると解りやすいですね。

交通ルールは、守らなければ事故に繋がります。
場合によっては人を傷つけたりひどい場合は死に至らしめたりということも……

ルールを無視すると公の秩序を乱すことになります。
誰もがきちんとなすべきものなので、守らない場合は時に罰則を受けることもありますよね。

これに対して、マナーと言うのは守らなくても罰則はありません。

しかし、電車内の携帯電話の通話、割り込み乗車、あるいは人に対しての思いやりのない言動などは
そこに居合わせた人たちが不愉快な気持ちになってしまいますよね。

「マナー」の本質は、周りの人たちに対する気配りや思いやる気持ちの表れだと思うのです。

ちまたに溢れる情報ではマナーの上っ面だけに重きをおいて、形ばかりにこだわるものが多いように感じています。

「マナーを守ること」 「マナーの形」を意識するあまり、その本質を忘れてしまう……

本来、社会生活を豊かな楽しい気持ちにするためのものが、堅苦しく語られることによってその敷居を高くしてしまう……。

マナーは身構えるもの……そんなイメージがいまだに残っているのは残念です。

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たとえばテーブルマナー、

これは一流のレストランやホテルでの食事の時だけに必要とされるものでしょうか……

お友だち同士のちょっとしたランチや日々の家庭での食事にもマナーは必要ですし、またそこから学ぶこともできます。

冒頭の私の写真、

カツをお箸でつまんで笑っています。

捉えようによっては、マナーが悪い……と思われるかもしれません。

でも私はお友だちと一緒に食事や会話をしながら、この空間を大いに楽しんでいます。

楽しく心地よく食事をすること、
これが一番のマナーではないのでしょうか。

食事のマナーで大切なことは、ナイフやフォークの持ち方よりも、その場にいる仲間と楽しくお食事ができること……。

いかがでしょう……そんなふうに考えていくとテーブルマナーってぐっと身近なものに思えてきませんか……。

マナーの基本となるものは『形』ではなく、その思いを表わす『心』。

  
   そうマナーは『愛』なのですから。

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マナーはうわべだけでなく、その本質を学んでいただかなければ意味がありません。

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釈迦の名言(教え)他人の過ちを指摘するのは楽しい……?

自分のしたこととしなかったことだけを見る

こんにちは、
『愛されマナー学』講師の平川直央子です。

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【マナー講師 平川直央子】

とかく人が集まると、誰かの悪口であったり、誹謗中傷するような会話になることがよくあります。

人の欠点や過ちのことを話し出すと、止まらなくなる人も……

やはりこれも一種のストレス発散になるのでしょうが、端から聞いていてあまり気持ちの良いものではありませんね。

先輩や上司のこと、同僚のこと、仲間のこと……

あの人があんなことをした……

こんなことをしなかった……

当たり前のように話されていますが、
言っている本人はどうなの……?

と首をかしげたくなることもしばしば……

思い返せば私もそのような会話をしていることが多々ありますので、そういった場面を見る度に反省している次第です。

思わず人につられて悪口とも言える内容を話してしまう……

本当のことだから何を言ってもいいんじゃない……

そう思う気持ちも真実かもしれませんが、

ここでも思いやりや感謝の気持ちで相手のことを考えれば、ずいぶんと違う表現になるような気がします。

人のふり見て我がふり直せ

他人の過ちを指摘する前に
自分はどうなのか……すこしでも振り返ってみる。

他人の過ちばかりに目を向けず、自分を見つめることが、社会生活における人間関係を円滑にしていく上で大事なことなんだと思います。

こういったことは嫉妬から出ることも多いですが、
他人を妬んでも何も生まれない。

他人を認め、慈しむことで、自らも救われる。

そんなふうに思うのです。

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そういえば、お釈迦様の名言集の中に
こんなのがありました。

他人の過失を見る必要はありません。

 他人のした事としなかった事を見るのではなく

 自分がした事としなかった事だけを
 見るようにしなさい。

    
           …………肝に命じます。

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『愛されるために尽くす……』愛を得るための考え方

特定の人に愛されるために尽くす……

こんにちは

『愛されマナー学』講師の平川直央子です

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【マナー講師 平川直央子】

特定の人から愛されるために

その人に尽くさなければ……愛は得られない……

あなたはそんな風に

考えたことはありませんか……?

愛される人になるには

それなりの代償や場合によっては

対価が必要だと思ってしまうかもしれません

大好きな意中の人に何かをしてあげたい

精一杯尽くしたい……

そのためにある程度のお金

あるいは物が必要になったり

労力とか時間も費やすことになる……

こういった想いは

人を好きになれば当たり前の感情だと思います

自らがその人を愛するがゆえにとる行動

純粋にこの人の役に立ちたい……

この人が喜ぶことをしたい……

素晴らしいことですし

その事について否定をするつもりもありません

ただし

それらの目的が

『自分がその特定の人に愛されたいから』

という発想からなるものであれば

少し違うような気がするのです

困っている人を助ける

人を選ばずいつも笑顔で優しく接する

誰にたいしても

相手を思いやり気遣いができる

こういったことが自然にできる方は

けっして自分が

『愛されたい』

という考えからすることでは

ないと思うのですね

当然に金銭的報酬も求めないでしょうし

その他の見返りを期待しているわけでも

ないでしょう

尽くすという

行為そのものが『愛される』のではなく

思いやりや誠意のある行動

考え方を身につけている人こそが

『自然に愛される人』

ということなのだと思うのです

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人を好きになるということは

素晴らしいことです

ただ愛情は理屈では計ることはできませんし

ましてやお金や物質で

なんとかなるというものでもありません

自分が自分のことを大好きになれるよう

自身の内面を高めていくこと……

自然と相手を思いやれる行動

思考を身に付けていくこと……

そんな人にこそ

恋愛の神様は微笑むのかもしれませんよ 

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